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東京高等裁判所 平成4年(く)200号 決定 1992年11月25日

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、弁護人ら作成の抗告申立書及び同補充書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

論旨は、要するに、被告人に対して接見等禁止の一部を解除した原決定は違憲、違法であるからその取消しを求める、というのである。

しかしながら、接見等禁止の裁判は、勾留を維持するだけではまかないきれない逃亡又は罪証隠滅のおそれを防止するためのものであり、その解除は、勾留されている被告人にとって利益であるから、これに対して、被告人、弁護人から不服申立てをすることは許されないと解すべきである。公判係属中の被告人に対する国会の証人喚問が司法権の行使に及ぼす影響や被告人に与える実質的な不利益について所論が子細に述べるところは、被告人、弁護人の懸念として理解できないわけではない。しかし、これらの点については、国会において十分配慮し、かりそめにも司法権の行使や被告人の訴訟手続上における権利に影響を及ぼすことのないよう求められているのであって、所詮は法律上の不利益には当たらないというべきである(しかも、原決定による接見等禁止の一部解除は、尋問の際、同決定書別紙一記載の事項に立ち入らないことを条件としている。)。本件申立ては不適法というほかない。

よって、刑事訴訟法四二六条一項により本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官早川義郎 裁判官小田部米彦 裁判官仙波厚)

別紙抗告申立書

被告人 甲野一郎

右の者に対する東京地方裁判所平成四年特(わ)第四〇四号商法違反被告事件等について、東京地方裁判所刑事第六部は、平成四年一一月二五日衆議院予算委員会の申立てに基づき、同被告人に対する接見禁止を一部解除する旨の決定をしたが、不相当であると思料するので抗告を申し立てる。

抗告の趣旨

原決定を取り消す。

抗告の理由

別紙(原裁判所に提出した意見書をそのまま引用することをお許しいただきたい。)のとおりであり、原決定は取り消されるべきものと信ずる。

平成四年一一月二五日

主任弁護人 赤松幸夫

弁護人 田中俊夫

弁護人 五木田彬

弁護人 梶原洋雄

東京高等裁判所 御中

別紙意見書

被告人 甲野一郎

右の者につき衆議院予算委員長から申し立てられた接見禁止一部解除の申立ては極めて不相当であり、裁判所においてこれを認めて職権の発動をすべきではないと思料されるところ、その理由は別紙のとおりである。

平成四年一一月二五日

主任弁護人 赤松幸夫

弁護人 田中俊夫

弁護人 五木田彬

弁護人 梶原洋雄

東京地方裁判所刑事第六部 御中

第一 緒論

接見禁止は、逃亡又は罪証隠滅のおそれを理由として勾留中の被告人の一般人との接見交通権を制限するもので、その一部解除は、その制限を緩和することであるから、一般論としては、被告人にとって利益な処分であり、従って、弁護人において同解除自体に反対する理由のないことが通例であろう。

しかし、今回の議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律(以下「議院証言法」という。)に基づく証人喚問(以下「本件喚問」という。)を目的とした接見禁止の一部解除の申立て(以下「本件申立て」という。)を認めることは、被告人にとって権利の部分的回復が図られる利益処分ではなく、むしろ重大な権利の侵害を来す不利益処分であることにまず注意しなければならない。

すなわち、本件喚問の具体的な目的が、現に公判係属中(以下、同公判のことを「本件公判」という。)の被告人甲野に対し当該公判における審判の対象について証言を求めることにあることは明らかであって、本件申立てが認められた場合には、本件公判に多大の影響を及ぼし、憲法第三七条(公平な裁判所において公開裁判を受ける権利等刑事被告人の諸権利)、同第三八条(不利益な供述の強要禁止等)に基づいて被告人甲野に認められた憲法上の諸権利が侵害され、また、同諸権利の前提となる同第七六条(司法権の裁判所への専権的帰属、特別裁判所の禁止、裁判官の独立)の司法権の独立等が侵されざるを得ないこととなるので、その意味で、当弁護人らは、本件申立てにかかる接見禁止の一部解除に絶対に反対するとともに、貴裁判所の裁判の独立と公正を守らんとする毅然たる姿勢を切に期待するものである。

以下、その理由を次のとおり敷衍して述べる。

第二 本件喚問と本件公判の関係について

被告人甲野は、平成四年三月六日、A(以下「A」という。)との共謀による同被告人並びに同Aの利益を図ることを目的とした特別背任の事実(以下「本起訴事実」という。)により起訴され、次いで同年六月一日、B、C並びに暴力団稲川会二代目会長D(以下「D」という)との共謀による同被告人、同B、同C並びにDの利益を図ることを目的とした特別背任の事実(以下「追起訴事実」という。)によって追起訴され、両事実とも、現在、貴裁判所による公判が係属中である上、被告人甲野は、同公判において、両事実における図利目的、犯意、事実の認識等を全面的に争い、その関係の調書を不同意にするか同意・不同意の意見を留保しているものであるが、一方、被告人甲野に対し、本件喚問の「証言を求める事項」として明らかにされているのは、別添資料のとおり

1 東京佐川急便株式会社が提供した政治資金に関する事項(以下「喚問事項1」という。)

2 いわゆる右翼団体「日本皇民党」の街頭宣伝活動中止に至る経緯に関する事項(以下「喚問事項2」という。)

3 その他、上記に関連する事項(以下「喚問事項3」という。)

の三点であり、さらに本件申立てに伴って衆議院予算委員長並びに各政党からの個別的な尋問事項が明らかにされているが、これらの尋問事項は、結局、全体としては喚問事項1ないし3を具体化したものであって、いずれも本起訴事実あるいは追起訴事実との関係で審判の対象となり、かつ、重要な争点になっていることは次のとおりである。

一 喚問事項1及びその関連での喚問事項3について

被告人甲野の本起訴事実に関する冒頭陳述によれば、同被告人がA関連の会社に対して東京佐川急便株式会社(以下「東京佐川急便」という。)による資金貸付あるいは債務保証に応じた動機は、同被告人が「……政治家との交際を深めて佐川清に対抗しうるよう自己の後ろ盾にしようなどと考えたため、一層多額の裏金が必要となっていた。そこで……Aに株取引をさせて裏金作りをさせようと考え」たことにあるとされ、また、Aとの共謀並びに図利目的についても、主要なものとして「引き続きAから裏金を得る」ことにあったとされた上、その結果、その犯行の過程で、現に「Aから裏金として現金合計約一七億円を受け取り、その一部を親交のあった政治家に係る献金に充てた」とされているのである。

それに対し、被告人甲野は、右動機、共謀、図利目的及びAから裏金を得て政治家に対する献金に充てた事実を全面的に争い、Aの供述調書等の関係供述調書を不同意としている。

従って、喚問事項1の「東京佐川急便株式会社が提供した政治資金に関する事項」というのは、正しく、本件公判の審判の対象あるいはこれと密接に関連する事項であるとともに、中心的な争点の一つになっているものである。

二 喚問事項2及びその関連での喚問事項3について

被告人甲野の追起訴事実に関する冒頭陳述によれば、同被告人がD関連の会社に対して東京佐川急便による資金貸付あるいは債務保証に応じた動機は、同被告人が「昭和六二年九月末ころ、かねて交際のあった政治家がいわゆる右翼団体の活動に苦慮していることを知り、直ちにこの件の解決をDに依頼したところ、同人の尽力により、同年一〇月上旬ころ同団体はその活動を中止した。被告人甲野はこの問題を解決したことにより大いに面目を施し、これを契機に、独自に政治家らとの交際を深めて行き、その後も、Dを使って種々のトラブルを解決するなどし……これらトラブルの解決に関するDの尽力に報いるため」であったとされ、また、Dらとの共謀並びに図利目的についても、主要なものとして「前記のトラブル処理等の大きな借りがあった」とされた上、いわばこれら諸事実を裏付ける犯行後の経緯として「(本件後に)被告人甲野は……東京佐川急便が倒産して不正な債務保証等が表沙汰になることを避けるため……自己の後ろ盾と頼んでいた政治家と会って金融機関に対する融資の口添えを依頼した」「被告人甲野の了解の下に、Eが右政治家を訪ね、被告人甲野に対する告訴を取り消すように電話で佐川清に要請してもらおうとした」などとされているのである。

それに対し、被告人甲野は、右動機、共謀、図利目的を全面的に争い、その関係の供述調書を不同意とするか同意・不同意の意見を留保している。

従って、喚問事項2の「いわゆる右翼団体「日本皇民党」の街頭宣伝活動中止に至る経緯に関する事項」もまた、正しく、本件公判の審判の対象あるいはこれと密接に関連する事項であるとともに、中心的な争点の一つになっているものである。

第三 本件喚問と憲法との関係

一 憲法第三八条との関係

1 憲法第三八条は、その第一項において「何人も、自己に不利益な供述を強要されない」と定めているところ、この場合の「不利益」とは、刑事裁判における裁判官の心証形成の過程並びにその結果として被告人に下される裁判に関連する不利益全般に及ぶべきであるところ、被告人甲野が本件喚問につき証言を要求されている喚問事項1ないし3は、前記のとおり、いずれも本件公判において審判の対象あるいはこれと密接に関連する事項であるとともに、中心的な争点になっているものであり、従って、同要求は憲法第三八条に基づく被告人甲野の権利を侵害するものと言わざるを得ない。

以上に対しては、「憲法第三八条は、司法手続について定めたものであって、国政調査権の行使としての証人喚問には適用されない」との主張が一応有り得るが、議院証言法上の証言は、いわゆるマスコミ報道等とは異なって、法律に基づいた公式のものであり、かつ、被告人の証言内容は、公表されることとなるところ、その場合には、その内容を裁判官が聞知し、それによって、裁判官に事件についての予断を抱かしめる可能性がある上、同証言に関する記録そのものが、その性格上、刑事訴訟法第三二三条第三号書面になり得る可能性のあるものであるから、結局、右主張は憲法第三八条の法意に反する単なる形式論であって、到底採り得ないところである。

本件喚問は、被告人甲野が不利益な供述を強要されないという憲法上の権利を実質的に侵害するものにほかならない。

ちなみに、被告人甲野とともに本起訴事実によって起訴され、現在、東京地方裁判所の他の刑事部において公判が係属中のAについてみると、仄聞するところによれば、同人は、保釈後、自己の捜査の過程における取調の状況を雑誌等に発表したことにより、当該裁判部から厳重な注意を受けたとのことであるが、このことは裁判外の事情により裁判自体が影響を受けることを厳に避けんとする裁判所の姿勢を示すものであると思料され、その意味では当然の所為であるところ、本件喚問による本件事件への影響は、右のAの場合とは比較にならないほど重大であると言わなければならない。

2 また、「有罪判決を受けるおそれがある事実についての証言であっても、同事実を否定する証言であれば、その「おそれ」に結び付かない筈であるから、そのような事実がなければ否定すればよいし、そのような事実が真実であれば証言拒否権を行使すればよい」との主張もありうるかもしれないが、このことは、結局、証言拒否権の行使の有無が、事実上、事実の認否につながることになり、不利益供述の禁止という被告人の権利が侵害されることとなる。

二 憲法第三七条、同第七六条との関係

前記のとおり、現に公判係属中の事件に関連する事項を国政調査権の対象とし、被告人に対して同事項についての証言を求めることは、前記の憲法第三八条の不利益供述強要の禁止との関係とも相俟って、憲法第七六条に定めた司法権あるいは裁判官の独立を侵害し、ひいては憲法第三七条に定めた被告人が公平な裁判所の裁判を受ける権利をも侵害するものである。

すなわち、司法権あるいは裁判官の独立は、裁判権という国権の行使を裁判所の専権に属せしめるとともに、裁判所に対する他の国家機関の影響を防ぐことによって、国民に対し公正な裁判を保障するものであるが、本件喚問は、前記のとおり、現に公判係属中の具体的事件について裁判所以外の国家機関が裁判所の審理に事実上干渉し、必然的に重大な影響を及ぼすものであって、憲法の右諸規定に照らすと、このようなことはたとえ国会という国権の最高機関と言えども許されるべきではない。

本件喚問はまさに司法権にとって根幹に触れる重大事である。

第四 本件申立ての特異性について

本件申立てについては、「接見禁止は被告人の逃亡又は罪証隠滅のおそれを理由とするものであるから、本件申立ての可否もその点から判断すれば足り、また、仮に在宅の被告人について議院証言法による証言が求められた場合との権衡から見ても、本件申立てについて被告人の逃亡又は罪証隠滅のおそれ以外のことを考慮する要はない」との見解も有り得るので、同見解に言及すると、本来、在宅か勾留中かを問わず、現に公判係属中の被告人に対し、審判の対象となっている事実について議院証言法による証言を求めることについては、以上に述べたとおりの問題が存し、仮に在宅の場合であっても、裁判所にあっては、司法権独立の見地から、その見解を宣明することによって、憲法上の諸規定を固守し、被告人の権利を擁護すべき責務を有すると言うべきである。

従って、現に本件申立てを認めることが、すなわち本件公判に多大の影響を及ぼし、司法の独立ひいては被告人の憲法上の諸権利の侵害につながるにもかかわらず、右のとおりのいわば形式論によって本件申立ての可否を決することは、裁判所において、司法の独立を放棄するに等しく、絶対に許されるべきことではない。

第五 結論

以上の見解は、当弁護人独自のものではなく、例えば昭和五一年一〇月一二日に行われた第七八回国会参議院ロッキード特別委員会において、法務大臣は、刑事被告人に対する国会の証人喚問に関し、理論的には可能としながらも「証言を求める事項が、当該証人が起訴されている公訴事実、あるいはこれに関連する事実に及ぶ場合には、証言の内容を裁判官が知ることによって裁判官に予断ないし偏見を与える、あるいは検察官の公訴維持に悪影響を及ぼし、裁判の公正や検察権の適当な行使を害するおそれが強い場合が往々にして考えられる……さらに国政調査の目的が起訴されている公訴事実の存否を目的とするような場合は、これは個々の裁判についての事実の認定、刑の量定等の当否を批判することにもなり、司法権の独立を侵すおそれがある」(同委員会議事録第二号第三頁)旨を表明し、このような見解は、近いところでも、いわゆる共和事件で起訴されたF元北海道沖縄開発庁長官らの現に公判係属中の被告人に対する証人喚問の是非に関連し、国会において法務省見解として明らかにされているところであり、裁判所におかれても、毅然として本件申立てを却下(職権発動をしない旨の宣明)するべきものと思料する。

別紙抗告申立補充書

被告人 甲野一郎

右の者に対する東京地方裁判所平成四年特(わ)第四〇四号、第一一一一号商法違反被告事件について、東京地方裁判所刑事第六部が、平成四年一一月二五日になした同被告人に対する接見禁止一部解除決定に対する抗告の理由を別紙のとおり補充する。

平成四年一一月二五日

主任弁護人 赤松幸夫

弁護人 田中俊夫

東京高等裁判所 御中

一 原決定は、衆議院予算委員長並びに各政党から事前に提示された尋問事項のうち、(一)社会党の尋問事項の一〇項と(二)本件公訴事実に直接関わる事項に立ち入らないことを条件として、国政調査権に基づく証人尋問実施のための接見について禁止を解除したが、これは社会党の尋問事項の一〇項を除くその余の尋問事項についてはこれを尋問することを許容したものにほかならない。

二 しかし、右尋問事項は、原決定が除外した以外のものも、いずれも本件公訴事実と密接な関連を有することは検察官の冒頭陳述を精読すれば明白であり、また、弁護人において事実関係を争い、関係証拠を不同意としている事項にわたっているのである。

すなわち、原決定が許容した尋問事項も本件公判においてまさに争点とされている事項であり、これについて国政調査権に基づく証人尋問を認めることは三権分立の精神に反すること明らかで、いわば国政調査権の濫用に当たると評さざるを得ない。

議院の国政調査権と司法権との関係は難しい問題であるが、憲法第六二条は国政調査権が司法権の独立より優位にある、あるいは裁判所による審理と並列して調査を行えるとする権限までも認めたものとは到底解されない。

裁判所に公訴が提起されている以上、その公訴事実をめぐる事実関係は裁判所における刑事訴訟手続きにおける審理を通じて解明されるべきであり、議院において被告人を証人尋問することは越権行為である。

三 原判決は、その点を考慮して、前記の条件を付したということかもしれないが、右条件では実質的には何らの歯止めとなっていない。

「公訴事実に直接関わる事項」と限定しているが、間接的に関わる事項が、公訴事実の存否の判断にとって重要な意義を有することは法曹の常識である。原決定がわざわざ「直接」と限定したのは、裁判所が本来の司法権の範囲として固守すべき領域内に衆議院が立ち入ることを許したものと言わなければならない。

四 原決定のような判断が、前例となることは司法権の独立にとって極めて由々しい重大事である。

国民はいかなる圧力に対しても鉄壁のように裁判の公正を貫き、司法権を行使する裁判所に全幅の信頼を寄せてきたのである。

裁判所は被告人の憲法上の権利を守る最後の砦である。その責務を放棄するようなことがあってはならない。

本件にあっては、まさに司法の鼎の軽重が問われているのである。

五 貴裁判所におかれては、原決定を取り消し、裁判所として被告人の権利が侵害され、裁判否定となるような事態を防がれるよう期待し、万感の思いを込めて本抗告を申し立てた次第である。

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